カエルをめぐる冒険

 金曜日の夜遅く、帰宅した夫が「よし、今から湿地に行くか」と言う。

 

 自宅から車で数十分のところにちょっとした湿地と森のようなところがあって、そこがカエル天国なのである。

 娘の誕生日に、モリモリ卵を産んだ大きなアオガエルはそこの出身だし、我が家にたくさんいるアマガエル、シュレーゲルアオガエルは、去年の春にそこでとったオタマジャクシから育てた子たち。

 夜遅くに湿地に行くと、真っ暗な中でドン引きするくらいカエルの鳴き声が聞こえるらしい。その興奮体験をもう一度やりたい、つきましては私と次男も連れて行きたいとのこと。

 

 金曜日の夜、22時半、塾の長男を残して我々は湿地へと向かった。

 

 ところがいざ着いてみると、湿地はシーンと静まりかえっているではないですか!

 

 「えっ、3週間前はあんなに鳴いてたのに」と夫と娘がびっくりしている。

 

 そうか、繁殖期が終わったから、鳴く用事がなくなったんだな。へ〜残念、帰ろう帰ろう、と思ってる私をよそに、残りの3人は懐中電灯で泥の中をくまなく照らし出しながら、カエル探索を始めた。

 

 そして、「あっ!いた!」「早く早く!ここにいる!」などと言うので、そのたびに私は空の飼育ケースを持って右往左往。しかし、なかなか手が届く位置にはいなくて、全体的に諦めムードが漂ってきた。

 っていうか、むしろ早く諦めろよ…!今日、巨大なヒキガエルが仲間入りしたばかりでしょーが!カエル、いっぱいいるでしょーが!(ほんとにいっぱいいる。小さいカエルだけで30匹以上いる。)

 そう主張する私に全員おかまいなし。カエルハイ。

 夫に至っては、「あっ!いた!…あ〜!ちょっと遠いな…!あのさ、俺が手を伸ばすから、ここにいて踏ん張ってて?」と言うと、私の二の腕を力強く掴み、反対の腕で虫捕り網を伸ばしながらめりめりめりめりと湿地の中へと身体を傾けていく始末。

 「痛い痛い、痛い!無理だって!ちぎれる!腕ちぎれる!」と騒いだら、残念そうに上がってきて、「そっか〜無理か〜」と言ってる。無理だよ!二の腕の振袖部分が削げるかと思った。

 

 「う〜ん、よし、じゃあ、ムスメちゃんがお父さんにつかまって、泥に埋まらないようにしながら手を伸ばしな」と言って娘に網を渡している。

 

 次男「俺が行こうか?俺の方が手が長いから届くよ」

 「いや、お前だと重すぎるから、お父さんが支えきれないからな」

 

 じゃあなんで私につかまりながら自分が行ったのか…!????ナンデ!?????

 

 ともかく娘は、勇んで網を片手に持ち、片手で夫の手をつかみながら、泥の上に身を乗り出してカエルを視認し、いざ、網を振り下ろし、「ハアッ!よしつかまえた!あっ!逃げた!ハーッ!よし!…あっ、あーっ!?」捕らえたと思った網の隙間から、カエルが跳んで横に逃げた、そこで娘は大きく腕を振りかぶって横っ飛びにカエルを追いかけ網を振り下ろし、予期せぬ小学4年生の渾身の横っ飛びに耐えられなかった夫は、咆哮を上げながらゆっくりと泥の中に転がり落ちて行ったのであった。

 エーッ!!!!!

 娘は横っ飛びの形のまま泥に埋まり、夫は泥の中で体勢を立て直せずもがきながらずぶずぶしている。

 私と次男、呆然。

 2人とも、チョコレート人形みたいになってようやく泥から這い上がってきた。夫に至ってはお腹の上まで泥に埋まったので(体重のせい…)、腕は二の腕の辺りまで泥、長靴の中もねっちょねちょに泥、Tシャツも短パンもおそらくパンツも何もかも泥!そして泥まみれで笑い転げる親子!!泣きたい私!

ひとまず水道まで行って洗い流そう、と歩き出すと、娘と夫が歩くたびに長靴の中から「ぐっぽん、ギュッポン」と不穏な音がして泥が溢れ出てくる。

そしてようやく辿り着いた水道は!蛇口が!取り外されていた!!キャアアアア!

 「いやーもうしょーがないよ、帰ろう」と夫が言う。分厚い泥で下半身の輪郭も定かではない。これで車を運転するの…?

 とりあえず娘の泥だらけの服を脱がせてパンツいっちょにし、上半身と下半身にゴミ袋をかぶせて車に乗せ、無傷の次男はそのまま車に乗った。

 夫は、自分もTシャツを脱いで、脱いだ服で手足の泥をこそぎ落とし(それでももちろん泥だらけ)、座席にゴミ袋を敷いて乗り込んできた。

 下半身は泥まみれ、長靴から泥が溢れてくる、上半身は裸、そこにシートベルトをかけたので、もう我慢ができなくて子どもたちともども爆笑してしまった。

 捕まる!捕まるよ!怪しすぎる。泥まみれで裸の中年男性が運転する車。後部座席には泥まみれの裸の子ども。そして空の飼育ケース!何をしに行ったのか…!

 その深い命題は解けぬまま、我々は無事に自宅へと辿り着いた。そこから先の後始末の大変さについては言及したくない。ちなみに夫は翌日の土曜日の休みを、車の泥始末でほぼ1日棒に振った。

 そんな目に遭ったのに!なお!

 「ね〜、また湿地に行こうね〜!」と約束してる親子たちであった。

 「今度は汚れていい準備と、水のポリタンク持って行くから、また行っていい?」だって。

 行ってもいいけど泥の中に転げ落ちないでほしい。

 90キロを越える巨漢が雄叫びを上げながら泥に転がり落ちて行く様子、映画のワンシーンのようだった。完全に悪役の末路。

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